親が高齢になり、預貯金の管理を任されるようになった時、それは大きな信頼の証であると同時に、相続トラブルの入り口になる可能性があることをご存知でしょうか。
「親のために良かれと思ってやったのに…」
そんなあなたの行動が、他の兄弟姉妹から「使い込み」や「横領」を疑われる原因になってしまうかもしれません。今回は、相続の中でも特に揉めやすい「親の預貯金管理」に焦点を当て、トラブルを未然に防ぐための具体的な方法について解説します。

なぜ?親の預金管理が「ブラックボックス」化する理由
同居している、あるいは実家の近くに住んでいる子どもが、親の預貯金管理を任されるケースは非常に多いです。通院の付き添いや日用品の買い物、介護サービスの支払いなど、日常的にお金が必要になるため、一人が管理する方が効率的だからです。
しかし、ここに落とし穴があります。
お金の出し入れを一人に任せきりにすると、「いつ、何に、いくら使ったのか」という記録が曖昧になりがちです。最初はきちんと管理していても、日々の忙しさの中で次第にどんぶり勘定になり、親のお金と自分のお金の区別がつかなくなってしまうのです。
他の相続人から見れば、通帳から頻繁にお金が引き出されているのに、その使い道が全く見えない。これが、疑念を生む「ブラックボックス」の正体です。

「介護の苦労」が引き起こす、悲しい横領
「横領」と聞くと、悪意を持って親の財産を盗むイメージがあるかもしれません。しかし、相続の現場で起こる「使い込み」は、もっと複雑な背景を抱えています。
特に、同居して親の介護を一身に背負っていた相続人が、結果的に使い込みをしてしまうケースは後を絶ちません。
- 「介護のために仕事を辞めて収入が減った。親のお金で少し生活費を補填してもバチは当たらないだろう」
- 「他の兄弟は口ばかりで何もしない。これくらいの苦労をしたのだから、このくらいは貰ってもいいはずだ」
このような、報われない介護の対価として、無意識のうちに親の預金に手をつけてしまうのです。
機能していない「寄与分」の制度
法律には、被相続人(亡くなった親など)の財産の維持や増加に特別な貢献をした相続人が、その貢献度に応じて法定相続分以上の財産を受け取れる**「寄与分」**という制度があります。
しかし、この寄与分が法的に認められるためのハードルは非常に高く、「親の面倒を見ていた」というだけでは、期待した金額が認められることはほとんどありません。この制度が実質的に機能していないことも、介護を担った相続人が「せめてこれくらいは」と考えてしまう一因と言えるでしょう。

「親のために使った」では通用しない現実
もちろん、本当に親のために使ったお金もたくさんあるはずです。入院費用、おむつ代、介護タクシー代、施設の利用料…。
しかし、遺産分割協議の場で「あれは親のために使ったお金だ」と口で主張しても、他の相続人は納得してくれません。なぜなら、客観的な証拠がないからです。
「本当にその金額が必要だったのか?」 「もっと安い方法はなかったのか?」 「ついでに自分の買い物もしたのではないか?」
一度生まれた疑念は、人間関係に深い溝を作ります。良かれと思ってしたことが、かえって家族の絆を壊してしまうのです。
今日から始める!横領を疑われないための鉄則
では、どうすればこのような悲しい事態を避けられるのでしょうか。親のお金の管理を任されたら、以下のことを徹底してください。
鉄則1:必ず「帳簿」をつける
最も重要で、最も効果的な対策です。難しい会計知識は必要ありません。大学ノートや市販の家計簿で十分です。
<記録のポイント>
- 日付:お金を使った日
- 使途:例)〇〇病院 診療費、△△スーパー 食費、□□薬局 薬代
- 金額:支払った金額
- 備考:必要に応じて補足(例:「お父さんの希望でうな重を購入」など)
これを記録し、必ず領収書やレシートをセットで保管しておきましょう。「親の医療費」「父の食費」など、費目ごとに封筒を分けて保管すると後で整理しやすくなります。
この記録こそが、あなたの潔白を証明する唯一無二の証拠となります。
鉄則2:通帳は絶対に処分しない
亡くなった親の古い通帳。「もう使わないから」と処分してしまう人がいますが、これは絶対にやめてください。
相続が開始されると、他の相続人は金融機関に対して取引履歴の開示請求を行うことができます。たとえ手元に通帳がなくても、過去10年程度の入出金記録は簡単に取り寄せられてしまうのです。
「通帳を捨てたから分からない」という言い訳は通用しません。むしろ、何かを隠そうとしていると疑われ、事態を悪化させるだけです。
まとめ:誠実な管理が、あなたと家族を守る
親の預貯金を管理することは、大きな責任を伴います。しかし、少しの手間を惜しまず、誠実な管理を心がけることで、将来起こりうる最悪の事態は防ぐことができます。
帳簿をつける、領収書を保管する。この地道な作業が、あなた自身の潔白を証明し、何より大切な家族の関係を守ることに繋がるのです。相続が「争続」にならないよう、今からできる準備を始めましょう。